最近のゲームで「後世に伝えたいゲーム」ってあるのかなあ?

どうもご無沙汰しております。

コパチ太郎です。

 

いやはや。

色々と忙しく過ごしておりますよ。

 

でも、自分に合わないという部分がどうしても出てきたりして

悩むこともしばしばありますね。

 

最近で困ったのは「好きなゲームはなんですか?」と聞かれた時ですかね。

 

う〜ん…。

好きなゲームねえ。

 

オイラはガチャを回すようなゲームはあんまり好きじゃないかなあ?

きっとそういう理由もありますが

オイラの好きなゲームにはガチャが無いからという理由もあるからでしょう。

 

仕事柄、結構ゲームは買うんですが

その中でもクリアしたゲームは本当に一握りですね。

 

クリアしたゲームだと

スーパーマリオブラザーズ」(ファミコン)

カエルの為に鐘は鳴る」(ゲームボーイ)

Mother2」(スーパーファミコン)

シャイニング・フォース」(メガドライブ)

バトルガレッガ」(セガサターン)

リアルサウンド」(セガサターン)

レイディアントシルバーガン」(セガサターン)

ブラストドーザー」(ニンテンドウ64)

マリオカート8」(WiiU)

風ノ旅ビト(Journey)」(PS3)

「GravityDAZE」(PSVita)

ハイパーストリートファイター2」(アーケード)

「ForzaHorizon2」(XboxOne)

「TENGAMI」(スマートフォン)

 

このくらいですかね。

 マリオカートと、スト2以外は

マイナーなラインナップになっておりますね(笑)。

 

この中で、最も影響を受けたソフトというのは

リアルサウンド」と「風ノ旅ビト」の2本ですかね。

 

この2本だけで論文が書けるレベルですよ(笑)。

 

リアルサウンドに関しては「画面が表示されなく真っ黒な画面」と

点字の説明書」と「ハーブの種」ですかね。

ゲームと全然関係ない内容なのかもしれないですけど(厳密には関係ありますが)

当時、「点字の説明書」に衝撃を覚えたわけですよ。

 

視覚障害を持った方はゲームを遊べないんだ」

という自分の視野の狭さを感じたわけです。

 

障害を持った人も含めて、多くの人にゲームを遊んでもらいたい

と思ってゲームを作るようになったのはここからですかね。

特に、オイラ自身が「色盲」のために「ぷよぷよ」が遊べません。

その辺り、リアルサウンドはいち早く「ノーマライゼーション」を

取り入れており当時は衝撃的でした。

近年では「パズドラ」や「スプラトゥーン」などにも「色盲対策モード」があり

オイラでも遊べるようになってきたことがとてもありがたかったりします。

 

あとは、「風ノ旅ビト」ですかね。

このゲームも衝撃的で、ストーリーも文字も、目的もほとんどありません。

全ての解釈を、ユーザーにゆだねていることに、とても好感が持てました。

最近のゲームって、「あれをやると良いよ」「こっちに行こうよ」とか

チュートリアルが邪魔でホントにやる気を無くします。

そもそも「どう遊ぼうとユーザーの自由じゃないか?」というのが

オイラの中であるので、近年のソーシャルゲームというのが本当に馴染めません。

そういう意味で、この「風ノ旅ビト」はユーザーは「クリアすること」も

ましてや「ゲームを遊ぶこと」さえも、自由に判断していいという

投げっぱなし感がとても好感触です。

 

ただ、この「風ノ旅ビト」は、カメラワークや構図

色彩対比によって「感覚的」にユーザーをゴールへと導くように

設計されているところがしっかりとゲームになっております。

このゲームを作った人は、写真や心理学などを研究して作られているのかな?

という印象を受けました。

そういう意味で、「ゲームって、ここまで広げて解釈しても良い」という

新しい指標を感じられた数少ないソフトだと感じます。

 

はい。

 

で、自分の作っているゲームは

それらが影響されたかというと非常に難しいと感じております。

まあ、正社員のサラリーマンでビジネス第一なので

そういう「作品」と言われる要素はとても薄くなってしまうのも事実です。

 

そう考えると、アマチュア時代が一番充実していたのかもしれませんね。

 

オイラはよく考えることがあるんです。

年金を貰える50代以降の世代のことを「逃げ切り世代」というらしいです。

 

ソーシャルゲームって今だけ稼げれば良いんでしょうかね?

それって「逃げ切りゲーム」じゃないんですかね?

 

10年後、20年後も「思い出」として残っているソーシャルゲーム

どのくらいあるんでしょうかね?

 

オイラは10年後、20年後も語り継がれるゲームを作りたいですし

そんなゲームを遊びたいですし、それを後世に伝えていきたいです。

 

それがゲーム業界の未来だけでなく

国の未来、世界の未来へと繋がる気がしてなりません。