コクリコ坂からを見てきたよ

コクリコ坂を見てきましたよ。

いやはや、妙に評判が良いような気がしたのと
先日、NHK宮崎駿宮崎吾朗のドキュメンタリーがあったので見たくなったという理由です。


宮崎駿さんの作品はどれもが凄いし美しい。
やっぱり映画に対する情熱とか、映画のあるべき姿が明確にあると映画を通して感じることができる。
それに対して、五郎さんの作品は「映画に対する情熱」が全く無いとオイラは思ったのですよ。


それは前作の「ゲド戦記」もそうだったように
「父親に対して認めてもらいたい」という気持ちばかりが出ていて
映画の本質とか、「映画のここが好きだ」という「愛情」を全く感じないんだよね。


本質的に「五郎さんは映画が好きなのかな?」という部分を知りたいです。


以下ネタバレを含んで感想を言うと…

前作からも引き続き感じましたが「構図」が圧倒的に酷い。
すごく簡単にいうと「平面的」であるのよ。

カメラの位置設定が低く、「登場人物と同じ目線という表現」をしたかったと思われるが
これをすると映像に立体感が無く迫力がないに等しい。

カメラワークってホントに大事で
単に場面を撮るだけではなく
場所、歴史背景、登場人物の感情や心境を映すと思うんだけど
そういったところが全くない。


特に前半は見るべき演出がありません。


物語の始まりというのは、場所や登場人物の歴史背景、日常(育った環境)などを中心に撮るのが通例。
別に通例で無くても良いけど「どのような人物なのか?」を知りたいと思うんだ。

冒頭は主人公の女の子のリズミカルに起きる「寝起きのシーン」だもん。
主人公の女の子の元気が良い感じは伝わるけど、いったいどういう人なのかが察しがつかない。


その後も真横から撮った映像ばかりで
まるでファミコンスーパーマリオを見ているかのよう…。
まあ、小津安二郎の作品もそのように撮る所があるけど
小津作品はカットを独特のリズムで角度を変えて躍動感を抱かせる。
また天井にある電灯を中心に三角形の構図を作ることで
映像に安心感を与えるなど小津作品は意図したような演出がある。

しかし、吾郎作品はその辺が超適当。


自転車で坂道を下るシーンもキャラクターのアップだけで表情ばかりを追ってしまい
坂を降りていくスピード感がまるで無しだし
表情以外の体の動きや、しぐさなどから心情を表現することも無し。


唯一あるのは好きな人に対して頬を赤くする演出くらい(笑)。
小学生のマンガですか(笑)


あと冒頭の寝起きのシーンで、音楽と効果音の間合いが全く合っていない点も気になりました。
冒頭の階段を降りるところの「トン、トン、トン(足音)」とリズミカルに降りるシーン
(たぶんここはリズミカルに速く歩くので、キャラクターの性格を表現したいのだと思う)が
キャラクターの階段を降りる音と、バックのBGMが重なって聞きづらい。
BGMとキャラクターの効果音が重なって、意味が分からないということが多かったです。


ストーリーも説明が多すぎです。
映画はストーリーの説明は最小限で良いから、
演出にて環境、キャラクターの心情、性格などを最大限表現するのが
鉄則なんですが明らかにすべて逆になっています。

唯一の良いシーンは主人公の女の子が学校に通う一場面のシーン。
橋を渡るシーンは立体的な構図で引きの絵になっており
一瞬で街が見渡せたので「このようなところで生活している」と感じれた。
が!!!実はこのシーンの絵はお父様である宮崎駿が提供したシーンなんだよね…


巷では比較的評判の良い作品らしいですが
オイラには合わない映画でした。
レイトショーで1300円だったがこの値段でも高い。
下手をしたら無料でも見ないと思う。


ホントに宮崎吾朗さんは「映画が好きでない」のなら映画を作るべきではない。


父の宮崎駿氏は、吾郎氏が映画でどんなに素晴らしい賞を取ろうと
お金を大量に利益を得ても認めないと思う。

息子はいつか父親を越える。
しかし、父親が越えられたことに気付いてもそれを認めようとは絶対にしない…。
父親は死ぬまで父親でありたいんだよ。
だから吾郎氏は介護だと思って
それを察して何を言われても自分のやりたいことだけを
進んで欲しいと思います。


ぶっちゃけ、ジブリを辞めて違うアニメ会社に行った時に
初めて本当の評価が受けられると思うのだが。


まあ、そんなところでオイラにはかなりのツマラン映画でしたが
比較的評判は良いらしいです。良かったらどうぞ〜


映画コクリコ坂からのレビューでした。